「ほう島殿ならば十万の大軍を指揮出来るとでも?」
半ば茶化すかのような一言に「出来るさ。その五倍までならばな」やったことがあるんだよ、経験があればそれは自負に変わる。驕るわけでもなく、嘯くわけでもない、真面目に出来ると即答した俺に張遼が閉口する。
「……いつか証明される時に、傍に居れることを願おう。差し当たっては今後どうするかを決めたいところだ」
否定するわけでも称賛するわけでもないか、こいつも本気ってことだな。
「文聘を呼んで来る」https://www.easycorp.com.hk/zh/secretary
こちらの反応を待たずにそう言い残して部屋を出て行った。今のうちに少し頭の中を整理しておくとするか。瞑想をするかのように系統立てて内容を反芻しておく、小一時間ほどすると張遼と文聘がやって来た。
「文聘参りました」
「待っていた、張遼から聞いているな。お前はどうすべきだと考えている」
前置きは不要、使える頭脳を使おうと早速問いかけた。文聘はこの前の戦いの時からよそよそしさが消えた、信用されたってことなんだよな?
「荊州軍がすべきことは黄巾賊の広がりを抑え、主軍がやって来るまで悪化させない尽力をするものと思案致します。中原の黄巾賊が鎮まればこちらも自ずと下火になりますので、勢いがあるうちは積極的にぶつからないのも一つの方策かと」
確かに絶頂の相手は計略を使いその勢いを削ぐところから始めるべきだ。俺が荊州の総責任者で切羽詰まっているわけでもない、待つのも戦略だ。
「宛を賊から取り戻せないのは情けないが、無理に攻めるだけの状況にないのも事実だな」「島別部殿は既に南陽黄巾賊の首領を討ち取られました、充分な働きをしているものかと」
黙って見ているだけでも安全圏ってことか、そこは性格なんだよな。出来ることがあればやらないとならない、貧乏性ってやつだよ。
「涅陽、新野、棘陽の線で荊州中央への侵入は止められている。文聘が言うようにこれを維持でいいんじゃないか?」
それがこの時代、この世界の標準ってことだと受け止めるとするか。隣の州のことはそちらの長官がしっかりと定めるし、南陽郡も太守が定める。そういえば棘陽の太守は何をしているんだ?
「泰太守の動向は何か聞いていないか」
「それですが、舞陰南東の山道を確保して、中原との連絡が閉ざされないようにと動いているようです」
「外と連絡をとって何をするつもりだ?」
そちらにだって賊が居て、どうにもならんはずだが。屠陽が黄巾賊に押さえられているから、博望方面の道は使えないのは理解出来る。何かしらの連絡路ってなら、首都からの本軍との連絡用だな。
「あちらが平定されなければ、こちらへの増援も見込めないはずですが……」
そこは文聘も疑問らしい、ということはこいつは寝技の一種だ。若者の実直な思考では解けない何か、これは政治だ。王宮に何がどう伝わっているかを想像するんだ、どうせろくなことではないぞ。
「……大体の察しはついた、今は関係ないとな。現有の影響下にある地域の防衛強化、それがお前達の意見ってことで間違いないか」
二人は顔をあわせてハッキリと頷いた。そうか、それだってなら全然難易度は高くない。ではここでスパイスを一つまみ。「わかった、ではそうするとしよう。これより新たに命令があるまでは、現状の維持をしつつ、兵の訓練を行うものとする。張遼と典偉で兵の武力面を主に意識して調練を行え」
「承知した」
望んでいた結果になると張遼もすっきりとした顔で受け入れる。
「文聘は制度面の整理整頓をしてもらう」
「といいますと?」
「軍規の明文化、統制の規範、思想の上での方向性を定める仕事だ。こいつはこの場に居る奴らだけでなく長きに渡り残る軍制だ、手抜きは許されんぞ、出来るか?」
「お任せ下さいませ。我が主のお望み通りに」
優雅な動きで全てを受け入れてしまう。最悪動きが無くても、魏兵の治安維持部隊を縛り付けることは可能だからな。
「李項、全軍を動かすぞ、最低限の防備のみを残し、京城経由で長社へ駒を進めるぞ」
「ご領主様の仰せのままに!」
長吏を兼務する李項を通して全軍に命令を下す、首都の北営軍も動かすぞ。
「先発は姜維の軍だ、international school hong kong fees 三日後に洛陽を出て各地の隊を糾合し長社を落とせ」
「蜀軍の力を見せつけてやります!」
背中から闘気が漂うかのような雰囲気を醸し出している、いよいよだというのが伝わってきた。
「陸司馬、本陣は一か月後に動かす。万事準備をしておけ」
「それだけ時間があれば色々と準備が出来ます。どうぞご安心の程を」
純粋な戦闘だけではない、陸司馬には暗殺者に対抗する準備も必要だった。戦場に出ることになれば隙も産まれてしまう、戦は数だ、中県からの増員を目論んでいる。
どこだ? 許都の東北東百キロから百五十キロあたりか。洛陽と等距離に位置していることになるな、そろそろか。目を閉じて情勢をかみ砕いて判断を行う。
「呂軍師、国内の更新情報はあるか」
「猟師を動員して、蜀盆地への間道を捜索しているとのこと。浸透してくる魏軍の早期発見に努めるということでしょう」
いつも抜けられて苦労していたからな、補給が途切れたらこちらも孤立する、ありがたいことだ。孔明先生は俺にどうして欲しいと考えているだろう?
国の負担が大きい、早めに戦争が終わるのを願っているはずだ。当然蜀の勝利以外の結果はない。魏が防衛範囲を棄てて首都を救援する可能性を考えるんだ。守備兵が不在になれば、在地の反乱勢力が必ず湧いてくる、だがそれを漫然と待っているだけではいかんぞ。
「予州、青州、冀州、魏の支配する全ての地域に存在する反対勢力を焚きつける。調略を進めるとともに軍を出す、これより決戦を行うぞ!」
「地方情報は準備して御座います。いつでも繋ぎをつけられるように備えは済んでおりますので」
「ふん、流石だな。ではその全てに蜂起を促せ、蜀は支配者の事後承認を行うと確信している」
反対者を糾合する最大にして最高の手段はその存在を認めることだ。一度政治対決になってしまえば孔明先生の独壇場に間違いないからな。
◇
雪解けが進んだ三月初頭、いよいよ進軍の機運が高まってきた。号令を掛ければいつでも軍を発することができるが、相変わらず呉はまだ動きをみせていない。まあ今さらだ、頼りにしているわけではないしな。むしろ敵だと信じて警戒しているくらいだ。
「魏延からの報告を」
「御意。本隊は南陽軍南西部築陽県に置かれていて、そこから南東の山都県と北の冠車県に前線基地を置いているようです。対する魏軍は襄陽城、樊城に主力を置き、宛に別動隊を詰めております」
相変わらず地名ではいまひとつピンと来ないぞ。地図を持って来させて視覚で補うとだ。こちらは本陣と、南東二十キロ、北五十キロに軍を割っているわけだ。相手は南東六十キロと、北東百キロあたりに居る。距離を比較的開けている状態ってのがようやくわかった。
一旦切り結んでしまえば引きはがすのも苦労するからな、攻めようと思えば二日で可能なら充分な前進基地になる。こちらの動き待ちってことだ。
「鮮卑はどうだ」
「濮陽、長垣、外貢、己吾にまで進み、許都の背後へ迫っております。その数、十万に膨れ上がっているとのこと」
「あら、手伝ってくれるなんて珍しい。どういう風の吹き回し?」
「別に。二人でやった方が、早く終わるでしょ」
母が洗った食器を隣で拭きながら、鄭志剛 私は小さな声で呟いた。
「……お母さん、ありがとね」
「それは、何に対してのお礼なのかしら?」
「何って……いろいろ。細かく聞かないでよ」
「本当に、素直じゃないわね」
「私のこのひねくれた性格は、確実にお母さんに似たのよ」
生意気にそう言い返すと、母はふっと呆れたように笑い、そのまま食器を洗い続けた。
でもその笑顔は、どこか嬉しそうにも見えた気がした。
片付けを終えた後は、寝る支度を整え布団を敷いた客間へ向かった。
すると、ちょうどお風呂から上がった久我さんと部屋の前で遭遇した。
「お風呂の温度、ちょうど良くて気持ち良かったよ。お母さんはもう寝た?」
「うん。一通り片付け終わって、さっさと寝室に入っちゃったみたい」
「そっか。何も手伝えなくて申し訳なかったな」
久我さんとお泊まりしたとき、いつも思うことがある。
それは、彼の風呂上がりの姿が異常に色っぽくて目のやり場に困ることだ。
母が用意したパジャマでさえ、ムダにカッコよく着こなしてしまう。
本当に、罪な男だ。
「どっからフェロモン出してるの?」
「何が?」
「……女の私が負けてるとか、悔しい」
布団の上に寝っ転がり、軽くストレッチを始めると、久我さんも私のすぐ隣で横になった。
「今日、楽しかったよ」
「本当に?良かった。飲み過ぎて、さすがに酔ったでしょ。具合悪くない?」
「具合は悪くないけど、正直緊張したから、久し振りに酔いがまわったかもな」
「ウソ、緊張してたの?」
「しないと思ってたけど、最初は意外としたね。だから、今はホッとしてるよ。君の両親と親しくなれて、良かった」
そう言って彼は、私との距離を縮め、寝転がったまま私の身体をギュッと抱き寄せた。
心臓が、ドキドキしてる。
私と同じくらい、彼の心臓の音も、うるさい。「……両親のあんなに嬉しそうな顔、久し振りに見た」
「そうなんだ」
「久我さん、めちゃくちゃ気に入られたと思う」
「嬉しそうな顔していたのは、僕が来たからじゃなくて、君が幸せそうに笑っていたからだと思うよ」
「……」
今日一日、自分がどんな顔していたのかなんて、鏡で見ていなくてもわかる。
彼の言う通りだ。
嬉しかった。
ただただ、幸せだった。
一日中、心が満たされていた。
私は感情が顔に出てしまうタイプだ。
そしてそれはもちろん、両親も知っていることだ。
「蘭」
彼が私の名前を呼び、見つめあうと甘いキスが降り注ぐ。
もちろん実家だから、キスの先に進むことはない。
でも、唇を重ねるだけで、とろけてしまいそうだった。
「久我さん呼び、復活してるね」
「え……」
「君の両親の方が、僕の名前を呼んでくれるよ」
「……うるさいな。おやすみ!」
何となく分が悪くなり彼に背を向けると、クスクスと笑う声が背中越しに聞こえ、後ろから抱き締められた。
「おやすみ」
私はそっと彼の手に自分の手を重ね、目を綴じた。
今日という日を笑って一緒に過ごせたことに感謝をしながら、眠りについた。
きっと今夜は、素敵な夢を見るに違いない。翌朝、私が目を覚めたときには、既に久我さんの姿はなかった。
慌ててスマホを覗くと、まだ朝の七時。
休日の朝にしては、早い時間に起きれた方だと思う。
まだ眠たい。
せめて、あと一時間は寝たい。
でも、ここは実家だ。
更に久我さんの姿がここにないのなら、私も今すぐ起きないと。
まだ寝たい、でも起きなくちゃ。
両極端の感情の中でものすごく葛藤しながらも、どうにか布団から抜け出し、襖を開けた。
すると、エプロン姿で母とキッチンに立つ久我さんが目に飛び込んできた。
しかも、白いレースの付いたフリフリのエプロンだ。
母が無理やり着せたのだろう。
「あぁ、起きたんだ。おはよう」
「蘭にしては早く起きたじゃない。顔、洗ってきなさいよ」
「ねぇ、そのエプロンめちゃくちゃ似合ってないんだけど」
「僕は結構気に入ってるんだけどな」
「ちょ、朝から笑わせないでよ……」
写真に撮りたいくらいツボにハマってしまい、ニヤニヤ笑いながら母に言われるままに顔を洗いに行った。
そしてリビングに戻り、ソファーに座りながら新聞を読んでいる父の隣に座った。
「蘭、おはよう。昨日は酔いつぶれてすまなかったな」
「おはよ。お父さん、本当にヤバかったからね。てか、みんな起きるの早くない?久我さんとお母さん、朝ごはん作ってくれてるの?」
「匠くん、料理も出来るんだってね。おかげで朝からお母さん、上機嫌だよ」
父が言うように、久我さんと並んで料理をする母はハイテンションだ。
それにしても、たった一日でずいぶん親しくなった気がする。
正直、母は気難しい所があるから、いくら久我さんでもここまで母の信頼を勝ち取ることが出来るとは思っていなかった。
「頻繁に帰ってこいなんて言わないから、たまには匠くんを連れて帰ってきてくれよ。あんなに楽しい夜は、久し振りだったなぁ」
「……もう酔いつぶれないなら、たまに帰ってきてもいいけど」
「気長に待ってるよ」
一緒にお酒を飲むだけで楽しんでくれるのなら、なんぼでも付き合ってあげる。
親が喜ぶ姿を見たい。
そんな風に思える自分になれて、良かった。
「外?いいけど……」
チラリと蘭に視線を移すと、蘭はヒラヒラと手を振った。
「私はパス。stock broker in singapore お風呂上がりに外行くの嫌だし。いってらっしゃーい」
私は甲斐に促され、浴衣姿のまま部屋を出た。
少し周りをブラブラしたいと言う甲斐に付き合い、温泉街を散歩する。
温泉街は観光客や私たちのように浴衣姿で歩く人たちで溢れていた。
浴衣に合わせて下駄を履いているため歩きにくいけれど、甲斐はちゃんと私に歩幅を合わせてくれていた。
「意外と人いるんだね」
「道内では有名な温泉地だからな」
「そうだ!せっかくだし、温泉卵食べない?」
「お、いいじゃん」
出来立ての温泉卵が食べれるお店が近くにないか探しながら、二人で並んで歩く。
歩いている間の会話は本当に他愛もない話ばかりだけれど、一緒に歩くだけで楽しくて、多分私はずっと笑っていたと思う。
「わっ!」
そのとき、階段で足を踏み外してしまい転倒しそうになってしまった。
でも、間一髪で甲斐が私を抱きかかえてくれたため、怪我をせずに済んだのだ。
「あっぶね……大丈夫か?」
「う、うん!大丈夫!ごめん」
「下駄だから、歩きにくいよな」
甲斐から体を離すと、ふと甲斐は私の目の前に手を差し出した。「え?」
「いや、え?じゃなくて」
甲斐は苦笑いを浮かべながら、私の手を握った。
「危ないから、繋いでおく。こうすれば、転ばなくて済むだろ」
「……ありがとう」
「お前の手、熱いな」
繋いだ手から、熱が伝わる。
こんなのまるで、恋人同士みたいだ。
甲斐と私の仲がどんなに良くても、きっと今までは周りから恋人同士に見られたことなんてなかっただろう。
そんな空気を、纏っていなかったから。
手を繋いで歩くことなんて、なかったから。
「甲斐の手は……ちょっと冷たいね」
「風呂から上がって時間経ったからな」
「……でも、冷たくて気持ちいい」
夏の空の下で、下駄の音が心地よく響く。
柔らかな風が吹き、緑がざわめく。
息を吸うと夏の爽やかな匂いがして、隣を見ると手を繋いでくれている甲斐がいる。
「……」
甲斐のことを、凄く好きだと思った。
友達としてではなく、一人の男として好きになっていた。
いつからこんなに好きになっていたのだろう。
いつから私は、甲斐のことを友達として見れなくなってしまったのだろう。
そう考えたとき、甲斐と身体を重ねたあの夜がキッカケになったのだと感じた。あの夜がなければ、私は今こうして甲斐を好きだと気付くことは出来なかったかもしれない。
甲斐と気まずくなってしまうくらいなら、あのとき身体を重ねなければ良かったと何度も思った。
でも、今は違う。
あの夜があって良かった。
相手が甲斐じゃなかったら、私はきっと拒んでいたはずだ。
「好き……」
「え?」
「……」
驚き私を見つめる甲斐と目が合った瞬間、一気に変な汗が噴き出した。
今、私……好きだと言ってしまった。
思っていたことをそのまま口走ってしまうなんて、信じられない。
「七瀬、今……」
「ち、違うの!ほら、えっと……温泉卵!私、大好きなんだ!早くお店に着かないかな。道、こっちで大丈夫だよね?」
あぁ、もう、自分が何を言っているのか自分でもわからない。
必死に誤魔化してしまったけれど、驚く甲斐の顔を見てしまったら、甲斐を好きなんだとはどうしても言えなかった。
「……お前、紛らわしいんだよ」
甲斐に頭を軽くどつかれたけれど、痛みなんて何も感じない。
とにかく思わず口走ってしまった『好き』の余韻を掻き消すのに私は必死だった。自分の気持ちを自覚したのなら、いつかはちゃんと甲斐に想いを伝えるべきなのだと思う。
でも、怖い。
もしも今、素直な気持ちを伝えた途端に繋いだ手を離されてしまったら。
明日から、話しかけてもらえなくなってしまったら。
二度と私の隣に立つようなことがなくなってしまったら……。
甲斐の隣は、どこよりも私の心が落ち着く場所だ。
そんな場所を失ってしまったら、私は遥希に失恋したときよりも間違いなく大きなショックを受ける。
きっと、立ち直れなくなる。
「七瀬、着いたよ。ここじゃない?」
「あ……本当だ」
目当ての温泉卵が食べれる店に到着し、私たちはカウンターの席に通された。
すると席に案内してくれた四十代くらいの店員の女性が、私と甲斐を見てニコニコ微笑みながら声をかけてきた。
「美男美女のカップルですね。もしかしてご夫婦ですか?」
「ち、違……!」
「残念ながら夫婦ではないんですけど、俺の彼女です。綺麗でしょう?」
甲斐は自然と話を合わせ、初対面の店員さんと親しく喋り始めた。
全く人見知りをしない甲斐は、初めて会った人ともすぐに仲良くなれてしまう。
私はそんな甲斐のコミュニケーション能力に驚きながら、二人の会話が終わるのを静かに待った。
待っている間、私は密かに『俺の彼女』という響きに酔いしれていた。店員の女性が私と甲斐から離れた直後、私は口を開いた。
「甲斐って、本当に凄いよね」
「何が?」
「ああやって、誰とでも仲良く話せちゃうところ。人見知りの私には絶対無理だから、尊敬する」
「別に何も凄くないよ。俺はただ、人見知りしないだけ。それに七瀬だって、ちゃんと患者さんとは正面から向き合ってるじゃん」
「それは……」
プライベートでは完全に人見知りで、知らない人がいる飲み会には行きたくないくらい初対面の人と話すことが苦手なくせに、仕事では難なくこなせてしまう。
初診で来てくれた患者さんとそこまで話が弾むことはないけれど、苦手だという意識はなくなる。
自分でも不思議だけれど、自分の中でちゃんと区別出来ているのだ。
「俺は、人見知りでネガティブなお前もいいと思うよ。俺と違って物事に対して慎重だし、何でも深く考えてから行動するだろ?」
「……褒めてくれて、ありがとう」
「どういたしまして」
月と太陽で例えるなら、間違いなく甲斐が太陽で私は月だ。
本質は全く違うのに、なぜか初めて会ったときから気が合った。
人見知りの私が初対面の相手に気を許したのは、きっと今までの人生で甲斐しかいない。
「………」
息をしているのか心配でーー何度も口に手をかざす。
耳を胸に当て、確かな鼓動を何度も確認する。
時に頬を真っ赤に染めながらもーー信継は心配で、ずっと離れの詩のそばにいた。
「信継」
声と同時、兒童英語會話班 音もなく牙蔵が入ってきていた。
「…牙蔵…」
褥に横たわる詩。
息をしているのかわからないほど静かだ。
牙蔵は詩の顔色が悪くないのをチラっと一瞥すると、信継を見て淡々と告げる。
「奥方様に蠟梅を届けて来た。
桜のことも言ってきた」
「…そうか。ありがとう」
信継はじっと詩から目を離さず見つめている。
「奥方様が…すごく心配していて…
自分の部屋で桜の看病をしたいと言ってた」
「…」
緋沙は、鼎と牙蔵の関係を知っている数少ない人間だった。
高島の殿に、詩の存在を伏せている今、牙蔵はその件については緋沙だけに報告をした。
高島の殿には、それ以外のことを報告していたのだ。
「…いや…ここで俺が見る」
牙蔵は小さく息を吐いた。
それから、手際よくたらいと手ぬぐいと湯呑、襦袢などを褥のそばに用意していく。
「…あと数刻で意識は戻ると思う。
毒が抜けるまで数日間は何度も熱が出たり引いたりするから。
手足が温かい時は冷やす。
手足が冷たい時は熱が上がる前だからカラダは保温して。
頭はずっと冷やした方がいいよ」
「…そうか。ありがとう」
言いながら牙蔵は手早く手ぬぐいを濡らし、硬く絞ると、詩の額にそれを乗せた。
「汗をかいたら体を拭いてこまめに着替えさせること。
水分も必要だからーー始め、桜が飲めないなら口移しで飲ませろ。
もちろん抱き抱えてから。むせるといけないから」
「…っ」
信継は分かりやすくカーっと真っ赤になる。
「信継…。
信継と桜は、もうそんなことを恥ずかしがる間柄でもないだろ」
呆れたように牙蔵が言うと、信継は焦ってますます真っ赤になった。
「…っ………いや」
「は?」
「……厳密には…まだ…その…」
「……………は?」
牙蔵の声が低くなった。
鋭い目からは、珍しく、明らかな怒りがーー
「……馬鹿じゃないの?」
信継は詩の髪を優しく撫でる。
「…何とでも言え…
いいのだ。
あの夜…桜は…俺のものになると…俺を愛すると…誓ってくれた」
「…」
「…桜はまだ小さいからな…
その…なんだ…俺はこの通り…デカいし…」
「…」
「今はまだ…それで充分…」
プッと牙蔵は笑った。
「阿呆だね…」
「…いいんだ」
「裳着を済ませてないならともかく…女のカラダって結構柔軟だよ」
「…っ」
信継はまた真っ赤になる。
「男を受け入れられるようになってんだからさ」
「…牙蔵っ…もういい」
「はいはい」
牙蔵は目を細めて微笑んだ。大晦日の優しい陽が淡く傾いていく。
詩は呼吸も静かに、スヤスヤと眠っている。
時折手ぬぐいをたらいにつけ、絞って額に乗せてやると少し気持ちよさそうな顔をする。
「…」
信継はスッと立って襖を開け、木戸を少し開けた。
静かだと思ったら、外はいつの間にか雪がうっすら降り積もっていた。
一気に冷たい空気が入り、信継は静かに戸を閉めた。
ゆっくりと詩の元に戻る。
さっきから、3度、水を飲ませた。
それから、湯を沸かし、カラダを拭き、着替えも2度した。
「…」
信継は詩の白い肌と柔らかなカラダを思い出し、真っ赤になって詩をまた見つめる。
そっと手を伸ばし、漆黒の髪を撫でる。
「詩…」
愛おしい。
そして、申し訳ない気持ちも湧き上がる。
詩を愛してしまったばかりに、詩にはきっとこれからも危険は付きまとう。
「…すまぬ。
だが、離してやらない」
今は穏やかな寝顔に小さく告げる。
明日になれば詩は14歳になる。
14歳は早い方だが、輿入れをする姫も多くいる。
信継は詩の髪を撫でた。
髪がさらりと落ち、詩の首筋が露になる。
「……」
牙蔵が毒を吸いだしたーー白い柔肌の紫。
うっ血した痕。
そっと指で触れると、胸が苦しくなる。
ーー牙蔵はーー…いや…
信継は思考の中から浮かびそうになる考えを振り落とすように頭を振った。
「…詩は…身も心も、未来永劫、俺のものだ」
三鷹の殿は詩の父ーー信継は言わば三鷹を滅ぼした男。親の仇。
それでも、詩はーー
温泉の中で、交わした約束。