元より、美濃との戦に備えての城である為、信長ら男性陣にはこれで充分だったかも知れないが、
日がな一日一日を奥殿に閉じ籠るように暮らす女性たちにとっては、少々物足りなく思えた。
しかし、そんな本音も口には出さぬず、そっと胸の内に押し隠すのが、武家の奥方の心得であった。
「かように手狭な城に母を押し込めるとは、信長殿も酷なことをなされる方じゃ。
それも山の上に居城を築くなど──少しでも戸を開ければ、室内に虫が入って来まするぞ」
報春院は別であったが。https://networkustad.co.uk/the-best-timing-and-frequency-for-getting-botox/
「良いではありませぬか。清洲でも小牧山でも、住めば都というもの。それに……何とも心地の良い風」
お市は中庭から吹き込んでくる風を全身で浴びながら、爽やかな微笑を浮かべた。
「今の季節にはちょうど良いではありませぬか」
「冬は底冷えの寒さであろうがな」
「母上様ったら…。兄上様が美濃を手に入れた暁には、稲葉山の城が我らの居城になるのですよ。山城に慣れておく、丁度良い機会ではありませぬか」
「わらわは慣れとうありませぬ。尾張の中心の位置する清洲城にいてこそ、織田家の総領というもの。
わざわざこのような所へ居を移さねば美濃一国奪えぬとは、信長殿のお力もその程度ということであろう」
報春院が呆れ顔で呟くと
「──大方様の殿への嫌味、本日は殊の他饒舌(じょうぜつ)にございますなぁ」
三保野が先頭を進む濃姫に耳打ちした。
「義母上様の言葉数が多くなるのは、少なからずも興奮しておられる証拠じゃ。新しき住まいに、内心では胸踊らせているのであろう」
「あ、なるほど」
「お二方、何をこそこそ話しておるのです?」
「 !? ……いえ、何も…」
報春院の地獄耳に、濃姫も三保野も背中に氷を入れられたような気分になった。
やがて一行が、向かい側の御殿へ続く渡り廊下に差しかかった頃
「お方様、大方様、姫君様──お待ち申し上げておりました」
衣擦れの音を立てながら、老女の千代山が、数名の侍女たちを背に従えて歩み寄って来た。
「ご安着、まことにおめでとう存じ奉ります」
緩やかに下がる千代山の頭上に、濃姫は労りの眼差しを向ける。
「ご苦労じゃ。 …すまなんだのう、そなたたちだけ先に城移りをさせてしもうて」
「いえ。皆様方がお移りになられた時に困らぬよう、お住まいを事前に整えておくのも、私共の大事なるお役目にございます故」
千代山が心持ち顎を引くと
「先にお移りになられた奇妙殿の御座所もこちらにあるのですか?」
濃姫は、先に見える部屋々を見渡した。
「いいえ、こちらの御殿には皆様方のお部屋だけを──。奇妙様は、乳母殿や傅役方と共に本丸御殿の方へお住まいにございます。
お世継ぎ様は、常にご自分がおわす場所に置いておくようにという、殿のご命令に従いまして、そのように」
「まぁ…左様でしたか」
「ただ、近く小折城(生駒屋敷)よりお迎え致す茶筅丸様、五徳姫様はこちらの御殿へお迎えするようにと」
「何故にお二人だけこちらへ?」
「殿いわく、奇妙様をご兄弟から引離すことで、孟子(もうし)の滕文公の上巻にあります “五輪” の教えを学ばせる為と、そう仰せにございました」
「まだ幼い奇妙殿に、殿はもうそこまで?」