がそうであるように。
「二天一流兵法」の開祖である武蔵は、生涯、妻を娶らなかった。晩年は、霊巌洞というところにこもり、有名な「五輪書」を執筆して残している。
身近でも双子がそうだし、地中海脫髮成因 斎藤や沖田だって浮いた話がない。永倉は、伴侶であるさんを亡くしてからは、女性に興味がなさそうにみえる。
ふふん。もちろん、おれだってそうである。
「いいかげんにしやがれ。おまえは、に見向きもされねぇだけだろうが、ええっ?」
なっ・・・・・・。
副長にぴしゃりとダメだしをされてしまった。いや、ツッコまれたのか?
わかってますって。おれはどうせ、モテないって理由で孤独なんですよ。
「おうっ!はやかったな」
いつもの部屋にゆくと、永倉と島田がサシで呑んでいる。西郷は、ついさきほど寝所にひきとったという。
さぁは、夜更かしが苦手なんや」
半次郎ちゃんが苦笑とともに教えてくれた。
「ぽちが酒肴をもってきてくれる。呑むだろう?」
永倉がそう尋ねたのは、半次郎ちゃんにである。
「おっと、主計。無論、おまえもだ」
そしてやっと、おれという存在に気がついたらしい。
「ええ。オールはさすがに無理ですが、あともうすこしなら。あっ、オールというのは徹夜という意味です」
好奇心旺盛な永遠の少年島田に問われるまえに、解説しておく。
その島田から庭にを向けると、相棒はすでに丸くなって眠っている。
といっしょか諸用でないかぎり、夜更かしはせぬであろう?」
永倉は、だまっている副長にたずねてからガハハと笑う。
「そうだな。しかし、せっかくだ。今宵はども相手に夜更かしもよかろう」
さすがはイケメン。神対応である。
ばかりだがけっこう盛り上がった。
ああっ、くそっ!
パッと目覚めたら、すでに室内が明るくなっている。呑みながら落ちてしまったようなものである。つまり、またしても準備してくれている寝所ではなく、呑んでいる部屋で眠っていたのである。が、体の上に薄手の掛け布団がかけられていることに気がついた。それを腹のあたりまでずらしてみた。すると、ひんやりとした空気が肩と胸あたりにまとわりつく。
わお・・・・・・。
前日の朝とちがい、ずいぶんと涼しい朝である。この掛け布団がなかったら、風邪をひいたか腹をくだしたか、あるいは両方に襲われたかもしれない。
こんな気の利いたことをだれがしてくれたかは、かんがえるまでもないだろう。
周囲をみまわしてみると、その気のきく男と西郷以外が、鼾をかいて眠っている。
あ、訂正しておこう。イケメンはトイレにいかないのと同様、眠っていても鼾をかいたり寝言はいわないのである。
おれと同様、それぞれに掛け布団がかけられている。しかし、暑がりの永倉は、をはいでしまっている。
掛け直してやろうと上半身を起こすと、倦怠感に襲われた。
二日酔い?
たしかに、いつもよりかは呑んでしまった。もう二度と酒を酌み交わすことのないであろう半次郎ちゃんや別府と、剣術の話や馬鹿話で盛り上がってしまった。そういうわけで、ついつい調子にのって杯を重ねたのである。本場の芋焼酎が想像していたのより呑み口がよかったから、というのもある。
さらには、俊春が先夜の蕎麦粉の残りでつくったといって、蕎麦がきをだしてくれた。もちろん、ほかにも塩漬け豚肉を炙ったのとか、だし巻き玉子とかもつくってくれた。
あれだけカツ丼を喰ったというのに、しかも真夜中だというのに、がっつり喰ってしまったのである。
ってか、おれがこれだけ食に貪欲で、しかも我慢ができぬ根性なしだったとは……。
あらためて気がつかされた次第である。
おれでもこんなていたらくである。
永倉や島田、それに野村や別府に「自制心」、という概念があるわけもない。四人とも、ひかえめにいってもめっちゃ喰ってた。喰いまくってた。
副長と半次郎ちゃんにいたっては、かたやムダに恰好をつけまくり、かたやお上品に、それぞれ堪能していた。
「やったら、いっきでも嫁にもらうところじゃ」
半次郎ちゃんは、俊春のことをそう評価した。
つまりかれは、俊春をお料理上手認定したのである。
うん、半次郎ちゃん。それは、全員がそう思っています。
だれもが、心のなかでかれに同意してうなずいたはずである。
「ふふん。で、あろう?自慢の子だからな」
副長が、ドヤ顔でわが子自慢をはじめた。どうやら、俊春は副長の剣術の弟子から、才色兼備な子どもになったらしい。
「おいおい、土方さん。餓鬼自慢はいいが、それは笑えぬぞ。ぽちたまがあんたの隠し子だっつっても、納得してしまうかもしれぬ。ぽちは兎も角、たまはそっくりだからな。出会って最初のころはさほど感じなかったが、とくに軍服を着用するようになってからは、幾度たまを土方さんって呼びそうになったことか。まぁ、ぽちも雰囲気はあんたに似てはいるが……。きっとぽちは、母親似にちがいない。繰り返すが、たまはあんたに激似だ。
結局、それからたっぷり二時間は呑んだ。途中、野村と別府も乱入してきて、
「おおおおおっと、土方さん。あんたは、褥で
「
どこであろうと、死んでいいものではない。ましてや、兄たちに負けじと、無駄に散っていいものではない。兼川には、それに気がつき、生き残ってほしい。そう切に祈らずにはいられない。
「ねぇ、主計さん」
相棒のご機嫌うかがいを、肺癌病徵 もとい、相棒の健康チェックをしていると、市村と田村がいそいそとちかづいてくるではないか。
いつもとちがって、やけにしおらしい。
「いっておくけど、兼定の散歩係の給金は雀の涙ほどもない。ゆえに、龍神の涙くらいもらっている双子先生にたかるといい」
ぴんときたので、くぎをさしておく。
永倉と原田がいないいま、かれらがたかれる人はそんなにいない。
「主計さんのどけち」
「そうだよ。大人のくせに、子どもを思いやることもできないなんて」
田村、ついで市村が、おれのすべてを全否定してくれる。
「あのなぁ、鉄、銀。局長から、お手当がわりのお小遣いをもらってるんだろう?いまのうちに、経済観念をしっかり身につけておかないと、大人になったら自己破産してしまうぞ」
それから、いいお婿さんになれないぞ、とも付け足しておく。
「だいたい、都合のいいときだけ主計さんって、ないんじゃないのか?」
大人げなくも、ぶちぶちと嫌味をいいつづける。相棒が、「めっちゃいやなやつ」、といわんばかしにみあげてくる。
すると、市村が庭の向こうへ駆けてゆき、戻ってきた。掌に、小枝を握っている。それから、それで地面になにかを書きはじめる。
「FUCK YOU!」
ぶっ飛んでしまった。しかも、ちゃんとびっくりマークまでつけて・・・。
「ファックユー!ファックユー!ファックユー!」
二人で、教育上よくないスラングを声高に連呼する。
おれ以上に現代っ子の野村が、教えたにちがいない。
将来、この子たちが新撰組を語るのに、「Fuck you!」一色だったらどうしてくれるんだ。
「やめてくれ、二人とも」
ついに、懇願する。敗北感が半端ない。大人なのに、大人げない態度をとった罰にちがいない。
ふと、家屋へとを向ける。縁側で、ぽかぽかとした陽射しを浴びつつ、斎藤と双子が並んで座っている。
斎藤は、愛刀「鬼神丸」の手入れに余念がなく、双子は針仕事。その脇に、大量の軍服が積み重なっている。
このまえの戦いで破れたりこすれたりした、みなの軍服を補修しているのである。
異世界転生で、アパレル業界でかつやくしていたにちがいない。
「わかった。わかったから、話をきく。きくから、もうやめてくれ」
「っから、そうしてくれればいいんだよ、主計さん」
「そうそう。いつの世も、かよわいどもには勝てないんだから」
野村め・・・。子どもらに、なんてことを植えつけるんだ。
その野村は、本日は局長と副長のお供で出張中である。
ひとえに、調練さぼりたさであることはいうまでもない。
「主計さんって誠にわかりやすいから、あつかいやすいよね」
「そうそう。をみたら、なにをかんがえてるのかすぐにわかるよね」
んんんんんん?いまの市村と田村の会話は、いったいなんだ?
「うしししし」
しかも脚許で、相棒がケンケン笑いをしているではないか・・・。
再度、金子家の母屋の縁側へとを向ける。
そこだけときがとまっているかのように、さきほどとおなじ光景が展開されている。いや、一つだけちがうことがある。雀が何羽かきていて、庭でなにかをついばんでいたり、双子の肩や頭の上にのっていたりする。
それが、40、50メートルほどはなれているにもかかわらず、はっきりとみえる。
「どちらですか?」
その一見のどかな光景をうちやぶる勢いで、母屋の方へとダッシュし、双子に問う。
綱をつけていない相棒と、子どもらが追いかけてくる。
「いったいぜんたい、どちらがいらぬことをかれらにいったんです?」
縁側までくると、腰に掌をあてて威圧的に問いを重ねる。
「チュンチュン」「チュンチュン」
午後のひととき。雀のチュンチュンが耳にうるさいくらいである。それから、「カタカタ」という音も。
斎藤は、刀身に打ち粉をふるっているところである。その「鬼神丸」が音を立てる、「カタカタ」という音が・・・。
肩が震えている。それは斎藤だけではない。双子の肩上にいる雀たちが上下している。
三人とも、あきらかに笑いを殺している。
「主計、気がついておったか?」
俊春が、口の端をむずむずさせながらきいてくる。
「おぬしのズボンの大事なところが破けておる。それから、シャツの脇のあたりも」
「ええっ?」
俊春の指摘に、仰天してしまった。シャツは兎も角、ズボンの大事なところが破けている?
よくある太りすぎて、かがんだ姿勢から立ち上がるそのタイミングで力がこもり、股の部分が裂けるってやつ。
もしかして、それなのか?
昔、まだがあった。もちろん、よんでいる。傷がだいぶんと癒えてきた男前のに、さらにやわらかい笑みがひろがる。
くそっ!故意にビビらせたにちがいない。
「脱げ」
そして、セクハラっぽいことを指示してくる。
「はあ?脱げって、どういう・・・」
「繕おうというのだ。はいたままでは、繕えぬ」
「いや、しかし、こんなところでズボンをぬいで褌姿になるのは・・・」
「よいではないか。ここにいるのは、男ばかりだ」
そのタイミングで、金子家の女中さんたちが四、五名、頭を下げながら通りすぎていった。
「ほら、女性もいるじゃないですか。露出狂じゃあるまいし」
「よいではないか、へるものでもなし」
「ねぇ、ロシュツキョウってなに?」
「ロシュツキョウとは、なんだ?」
田村と斎藤の問いがかぶる。
どこであろうと、死んでいいものではない。ましてや、兄たちに負けじと、無駄に散っていいものではない。兼川には、それに気がつき、生き残ってほしい。そう切に祈らずにはいられない。
「ねぇ、主計さん」
相棒のご機嫌うかがいを、もとい、相棒の健康チェックをしていると、市村と田村がいそいそとちかづいてくるではないか。
いつもとちがって、肺癌咳嗽 やけにしおらしい。
「いっておくけど、兼定の散歩係の給金は雀の涙ほどもない。ゆえに、龍神の涙くらいもらっている双子先生にたかるといい」
ぴんときたので、くぎをさしておく。
永倉と原田がいないいま、かれらがたかれる人はそんなにいない。
「主計さんのどけち」
「そうだよ。大人のくせに、子どもを思いやることもできないなんて」
田村、ついで市村が、おれのすべてを全否定してくれる。
「あのなぁ、鉄、銀。局長から、お手当がわりのお小遣いをもらってるんだろう?いまのうちに、経済観念をしっかり身につけておかないと、大人になったら自己破産してしまうぞ」
それから、いいお婿さんになれないぞ、とも付け足しておく。
「だいたい、都合のいいときだけ主計さんって、ないんじゃないのか?」
大人げなくも、ぶちぶちと嫌味をいいつづける。相棒が、「めっちゃいやなやつ」、といわんばかしにみあげてくる。
すると、市村が庭の向こうへ駆けてゆき、戻ってきた。掌に、小枝を握っている。それから、それで地面になにかを書きはじめる。
「FUCK YOU!」
ぶっ飛んでしまった。しかも、ちゃんとびっくりマークまでつけて・・・。
「ファックユー!ファックユー!ファックユー!」
二人で、教育上よくないスラングを声高に連呼する。
おれ以上に現代っ子の野村が、教えたにちがいない。
将来、この子たちが新撰組を語るのに、「Fuck you!」一色だったらどうしてくれるんだ。
「やめてくれ、二人とも」
ついに、懇願する。敗北感が半端ない。大人なのに、大人げない態度をとった罰にちがいない。
ふと、家屋へとを向ける。縁側で、ぽかぽかとした陽射しを浴びつつ、斎藤と双子が並んで座っている。
斎藤は、愛刀「鬼神丸」の手入れに余念がなく、双子は針仕事。その脇に、大量の軍服が積み重なっている。
このまえの戦いで破れたりこすれたりした、みなの軍服を補修しているのである。
異世界転生で、アパレル業界でかつやくしていたにちがいない。
「わかった。わかったから、話をきく。きくから、もうやめてくれ」
「っから、そうしてくれればいいんだよ、主計さん」
「そうそう。いつの世も、かよわいどもには勝てないんだから」
野村め・・・。子どもらに、なんてことを植えつけるんだ。
その野村は、本日は局長と副長のお供で出張中である。
ひとえに、調練さぼりたさであることはいうまでもない。
「主計さんって誠にわかりやすいから、あつかいやすいよね」
「そうそう。をみたら、なにをかんがえてるのかすぐにわかるよね」
んんんんんん?いまの市村と田村の会話は、いったいなんだ?
「うしししし」
しかも脚許で、相棒がケンケン笑いをしているではないか・・・。
再度、金子家の母屋の縁側へとを向ける。
そこだけときがとまっているかのように、さきほどとおなじ光景が展開されている。いや、一つだけちがうことがある。雀が何羽かきていて、庭でなにかをついばんでいたり、双子の肩や頭の上にのっていたりする。
それが、40、50メートルほどはなれているにもかかわらず、はっきりとみえる。
「どちらですか?」
その一見のどかな光景をうちやぶる勢いで、母屋の方へとダッシュし、双子に問う。
綱をつけていない相棒と、子どもらが追いかけてくる。
「いったいぜんたい、どちらがいらぬことをかれらにいったんです?」
縁側までくると、腰に掌をあてて威圧的に問いを重ねる。
「チュンチュン」「チュンチュン」
午後のひととき。雀のチュンチュンが耳にうるさいくらいである。それから、「カタカタ」という音も。
斎藤は、刀身に打ち粉をふるっているところである。その「鬼神丸」が音を立てる、「カタカタ」という音が・・・。
肩が震えている。それは斎藤だけではない。双子の肩上にいる雀たちが上下している。
三人とも、あきらかに笑いを殺している。
「主計、気がついておったか?」
俊春が、口の端をむずむずさせながらきいてくる。
「おぬしのズボンの大事なところが破けておる。それから、シャツの脇のあたりも」
「ええっ?」
俊春の指摘に、仰天してしまった。シャツは兎も角、ズボンの大事なところが破けている?
よくある太りすぎて、かがんだ姿勢から立ち上がるそのタイミングで力がこもり、股の部分が裂けるってやつ。
もしかして、それなのか?
昔、まだ
桜司郎の口からは思わずその言葉が盛れた。
この学問所は幕府の教育機関であり、昌平坂学問所の名でよく知られている。
大量の書物を片手に、同世代やそれより若い侍達が桜司郎の横を通り門を潜って行った。
──来たことなんて無い筈なのに、fue植髮 どうしてこの様にも胸が締め付けられるんだろう。
何とも言えない思いを胸に、暫く んでいるとガサリと何かを落としたような鈍い音が聞こえた。
足元には小ぶりの大根が転がってくる。それに気付いた桜司郎は屈んで拾い上げた。
落とし主を見遣ると若い女性が目を丸くして、まるで幽霊を見たように此方を見ている。
その下には解けた風呂敷と野菜が落ちていた。
桜司郎は近付くと、それに手を伸ばす。
「おう、のすけ……にい、さん」
女性はそう呟くと、その場に崩れるように座り込んだ。
それに驚いた桜司郎は女性の肩を支える。
「あのッ、大丈夫ですか。何処か具合でも悪いですか」
その問い掛けに、女性は答えるどころか今にも泣き出しそうな程に顔を歪めた。
それにギョッとしながらも、桜司郎は周りを見ながら何とか女性を立ち上がらせる。
「生きていたのですか。今まで何処におられたのです!私です、です…ッ」
大きな目からはポロポロと涙がとめどなく流れ落ちた。勿論面識のない桜司郎は戸惑いながらも首を横に振る。
「その、恐らく人違いではないですか……?私は"おうのすけ"さんという方ではありません」
そう言えば、"歌"と名乗る女性は明らかに落胆の色を滲ませた。涙を拭うと、深々と頭を下げる。
「も、申し訳ございませぬ。人違いでございましたか。お恥ずかしゅうございます……。その、貴方様が知人によう似てまして」
「他人の空似という奴ですかね。気にしていませんよ。では、これで」
桜司郎はそう言うと、何処か後ろ髪を引かれる思いを感じながらも、笑みを浮かべて去ろうとした。
だが、その袖を歌が引っ張る。
「あ、あの。本当に、私のことは知りませんか。御生まれはどちらに……?」
余程似ているのだろうか、歌は諦めきれないといった様子だった。桜司郎は自分に記憶が無いことを伝える。すると、歌は未だ潤んだ瞳で桜司郎を見詰めた。
「記憶が……。そのような事があるのですね。お可哀相に……。そうだ、お時間があれば我が家に来て頂けませんか。母も驚きます故。此方です」
歌はそう言うと、返事も聞かずに先に歩き出す。置いていかれた桜司郎は考える間もなく、その後を着いて行った。このせっかちで天然気質な女性がどうにも赤の他人と思えなかったのだ。 歌について東に向かって歩いていくと、やがて小さな敷地の屋敷が集中するように建ち並んでいた。そこは、将軍の警護を担うという。
「我が家はこちらです。狭くて申し訳のうございますが……。少々お待ち頂けますか」
思わず着いて来てしまったが、良かったのだろうかと思いつつ桜司郎は辺りを見渡した。
近くには三味線掘と呼ばれる堀があった。上野のから忍川を流れた水が、この三味線堀を経由して、隅田川へと通じていた。堀には船着場があり、木材や野菜、砂利などを輸送する船が隅田川方面から往来している。「そんなにも私は、その桜之丞さんに似ていますか……?」
桜司郎の問い掛けに歌は何度も頷いた。琴は桜司郎の右手に置かれた薄緑を見ると、口を開く。
「桜之丞もそのお差し料を持っておりました。確か、形見としてお藤さんが貰い受けたと認識してましたが……」
本来土方は、不器用ながらも気さくで面倒見の良い男なのだ。京にいる時は"必要に駆られて"鬼の副長を演じているだけで、隊務を外れて江戸の風に吹かれてしまえば、たちまちただの土方歳三へと戻る。
春の風に吹かれながら歩いていると、斎藤が口を開いた。
「副長」
「何だ」
「伊東さんは……試衛館へ 安全期 の挨拶はしなくて良かったのですか」
"伊東"の名を出せば、土方は眉を顰める。まるで不機嫌な子どものように分かりやすい。
「あー……伊東の野郎がわざわざ俺と同時期に江戸へ来た理由があってな」
土方は頭をポリポリと掻くと、その理由を話し始めた。
元々、隊士募集のための東下は随分前から決定されていた。先発に近藤、そして次発として土方が行くことになっていた。
土方は諸々の経緯から伊東に対する猜疑心や嫌悪感を抱いており、それは周知の事実でもある。そして伊東も心当たりがある為、同行するという選択肢は互いに無かった。
しかし、とある一通の文が江戸から伊東宛に届く。
それは伊東が江戸に置いてきた愛妻のウメからであり、義母が危篤であるというものだった。
それを見た伊東は駆け付けたい旨を申請し、それが丁度土方の東下と被ってしまったという。
その緩衝材として、冷静寡黙な斎藤に白羽の矢が立ち、そして土方の恩返しとして桜司郎にも声が掛かった。
つまり、伊東がこの隊士募集に同行したのは全くの偶然であるという。「伊東なんぞに任せちまったら、自分の囲いばっかし連れて行こうとするじゃねえか。あいつは流派への帰属意識が強すぎるんだ」
そもそも伊東は北辰一刀流繋がりで藤堂から紹介された男である。そして伊東は同門だと言っては山南に近付いていた。藤堂のことは門弟として扱っている。
その反面で試衛館は様々な流派の人間が集まった。それでも仲違いをすること無く、互いの良さを認め合って過ごしている。その結果がこの新撰組へと繋がっている、土方にはその自負があった。
強い者は強い者として扱えば良い。命を懸けた戦場に出て、やあやあ我こそはと流派を主張する阿呆は居ないだろう。流派を気にするのは二の次だと土方は考えていた。
その為、伊東がやたらと北辰一刀流の結び付きに固執する理由が理解出来なかった。
そうこう話していると、試衛館の門が見える。決して大きくは無いが、近付くと覇気のある声や木刀の打ち合う音が聞こえてくるような活気ある道場だ。
土方と斎藤の背筋は自然と伸びる。
戸惑うことなく門を潜った。土方が母屋に向かって声を掛けると、直ぐに一人のお世辞にも美人とはいえないが素朴な目元が愛らしい女性と小さな女の子が顔を出す。
「あれ、歳三さんですかい。随分お早い到着で。先代をお呼びしますんで、どうぞお上がり下さいよ。洗足用の桶ならそこに」
「ああ、済まねえな。おツネさん。たまも見ないうちに大きくなった」
その女達は近藤の妻である"ツネ"と嫡女である"たま"だった。土方は式台に座ると草鞋を脱いで足を洗う。斎藤と桜司郎も促されてそれに倣った。
土方がたまの頭を撫でようとすると、たまはヒラリとその手を避ける。ムキになった土方はそれを何度か繰り返すが、その度に逃げられ、みるみる眉間に皺が寄っていった。ついにたまは桜司郎の後ろへ隠れる。
「副長、そんな気難しい顔で触ろうとしちゃ駄目ですよ。女の子はそういうのに敏感なんです」
見かねた桜司郎はそう言うと、笑みを浮かべて足元にいるたまと視線を合わせるように屈んだ。
「たまちゃん、初めまして。桜司郎と言います。仲良くしてね」
すると、たまは桜司郎の手をそっと握る。ツネはそれを驚いたような表情で見た。
「あんれ。たまが殿方へ懐くなど珍しい。いつも