そんな顔したって恐かねぇよ。
じっとりした視線を突き刺して来る三津を手招きした。
素直に傍に寄ってきた所で手首を掴み引き寄せた。
「役に立てる奴が欲しいんだよ。使える奴がな。」
『役に立てる人…。あぁ…桂さんにとっての幾松さんだ。』
急に胸が苦しくなって目を伏せた。
何でこんな時に思い出してしまったんだ。
悲しげに睫毛を震わせていると顎を掴まれ,無理やり顔を向き合わされた。
「まぁお前はそのままで充分だ。」 名牌 tote bag
土方の口は褒め言葉とも取れる言葉を紡いだ。
「それっていい意味?」
どっちにしても褒めてくれてるのだろう。喜びが湧き上がって目元は綻ぶ。
その様が飼い主に褒められて喜んで尻尾を振ってる犬のようにしか見えない。
『気紛れな猫よかいい。しっかり飼い慣らしてやる。』
見えない鎖で繋いだ。もう逃がさない。
「追悼会…ですか。」
「あぁ今日は外泊解禁だ。
帰って来る奴もいれば明け方まで戻らねぇ奴もいる。夕餉の支度もいらねえからゆっくりしてな。」
この間切腹した幹部,新見の追悼会を開く事になり島原へ行くと言う。
出掛ける前の土方に留守番時における忠告を受ける。
屯所で初めて一人での留守番に妙にわくわくしていた。
「今日はてめぇの部屋に戻るのを許してやるから寝てろ。」
これが最も重要な忠告だ。
この命令がなければ恐らく三津は起きている。
土方が思ってた以上に忠実な小姓だから。
『前みたいに縁側に腰掛けていられちゃ困るからな。』
なんせ今日は運命の日だから――。
「分かりました,気をつけて行ってらっしゃいませ。」
玄関先で三つ指をついてしおらしくお見送り。
頭を下げるとごつごつした手の平に優しく覆われた。
「行って来る。」
いい子で待ってろよ。
子供に言い聞かすように。…ではなくあくまで犬に待ての指示を出す感覚で三津の頭を撫でていた。
『こいつは単純だから餌をちらつかせたら尻尾を振って誰にでもついて行きそうだな。』
そんな風に思われているとはつゆ知らず,土方からの扱いがいつもより優しく感じられて三津はご機嫌で送り出した。
誰も居なくなった屯所は不気味なぐらい静まり返っていた。
どんなに廊下を歩き回っても誰にも会わない。
『寂しい…。』
しょんぼりと肩を落として土方の部屋に戻った。
自室に戻ったところで寂しいのには変わりない。
それならばこの際土方のものでも構わないから,誰かの匂いだけでも感じたかった。
「人が居てるけど静かなんと誰もおらんくて静かなのじゃ全然違う…。」
最近は騒々しいのに慣れてしまったせいで余計に人が恋しい。
「そうや,また空でも見よう!」
我ながらいい事を思いついたと縁側に出たが,すぐに玉砕した。
「うわぁ曇り空…。」
どんよりとして今にも雨が降り出しそうな気配。
湿気を含んだ独特な臭いが漂う。空気も重たく肌にまとわりついた。
「お三津ちゃんおるー?」
「お梅さん?」
どこからともなく自分を呼ぶ声がする。この声は間違いなく梅だ。
どこにいるのか庭先を見渡して姿を探してみると,
「来ちゃった。」
正解はここでした。と植木の陰から茶目っ気たっぷりに梅が顔を出した。「どうしたんですか?」
こんな時間に,自分に会いにやって来るなんて珍しくて突っ立ったまま首を傾げた。
「お三津ちゃん一人なんちゃうかなって思って。」
梅は自分の家のように縁側に腰を掛けて自分の左隣りをとんとんと指で叩き,座れと促した。
三津が座ると梅は嬉しそうににっこり笑った。
つられて三津も笑みを浮かべるが梅とは笑顔の質が違い過ぎると心の中で嘆いた。
『芹沢さんは厄介な人って言うけど…。』
この梅が一緒にいたいと思う芹沢とはどんな人物なんだろう。
「お梅さんは何で八木さんとこに住んではるの?」
そう言えば何も知らなかった。梅が芹沢の女だと言うこと以外は今に至るまで何も教えてもらえず。
「土方はんは教えてくれんかったんや?お三津ちゃんは大事にされてるんやね。」
三津ははて?と首を捻る。
土方は厄介で説明が面倒だから適当にあしらっていただけだと思う。
それに大事にされてると感じた瞬間は一秒たりとも無い気がする。
三津が難しい顔をして唸り声を上げていると梅はくすくす笑って艶やかな唇を動かした。
「私は堀川にある呉服屋の主人の妾やってんよ。」
「お妾さん?」