本来土方は、不器用ながらも気さくで面倒見の良い男なのだ。京にいる時は"必要に駆られて"鬼の副長を演じているだけで、隊務を外れて江戸の風に吹かれてしまえば、たちまちただの土方歳三へと戻る。
春の風に吹かれながら歩いていると、斎藤が口を開いた。
「副長」
「何だ」
「伊東さんは……試衛館へ 安全期 の挨拶はしなくて良かったのですか」
"伊東"の名を出せば、土方は眉を顰める。まるで不機嫌な子どものように分かりやすい。
「あー……伊東の野郎がわざわざ俺と同時期に江戸へ来た理由があってな」
土方は頭をポリポリと掻くと、その理由を話し始めた。
元々、隊士募集のための東下は随分前から決定されていた。先発に近藤、そして次発として土方が行くことになっていた。
土方は諸々の経緯から伊東に対する猜疑心や嫌悪感を抱いており、それは周知の事実でもある。そして伊東も心当たりがある為、同行するという選択肢は互いに無かった。
しかし、とある一通の文が江戸から伊東宛に届く。
それは伊東が江戸に置いてきた愛妻のウメからであり、義母が危篤であるというものだった。
それを見た伊東は駆け付けたい旨を申請し、それが丁度土方の東下と被ってしまったという。
その緩衝材として、冷静寡黙な斎藤に白羽の矢が立ち、そして土方の恩返しとして桜司郎にも声が掛かった。
つまり、伊東がこの隊士募集に同行したのは全くの偶然であるという。「伊東なんぞに任せちまったら、自分の囲いばっかし連れて行こうとするじゃねえか。あいつは流派への帰属意識が強すぎるんだ」
そもそも伊東は北辰一刀流繋がりで藤堂から紹介された男である。そして伊東は同門だと言っては山南に近付いていた。藤堂のことは門弟として扱っている。
その反面で試衛館は様々な流派の人間が集まった。それでも仲違いをすること無く、互いの良さを認め合って過ごしている。その結果がこの新撰組へと繋がっている、土方にはその自負があった。
強い者は強い者として扱えば良い。命を懸けた戦場に出て、やあやあ我こそはと流派を主張する阿呆は居ないだろう。流派を気にするのは二の次だと土方は考えていた。
その為、伊東がやたらと北辰一刀流の結び付きに固執する理由が理解出来なかった。
そうこう話していると、試衛館の門が見える。決して大きくは無いが、近付くと覇気のある声や木刀の打ち合う音が聞こえてくるような活気ある道場だ。
土方と斎藤の背筋は自然と伸びる。
戸惑うことなく門を潜った。土方が母屋に向かって声を掛けると、直ぐに一人のお世辞にも美人とはいえないが素朴な目元が愛らしい女性と小さな女の子が顔を出す。
「あれ、歳三さんですかい。随分お早い到着で。先代をお呼びしますんで、どうぞお上がり下さいよ。洗足用の桶ならそこに」
「ああ、済まねえな。おツネさん。たまも見ないうちに大きくなった」
その女達は近藤の妻である"ツネ"と嫡女である"たま"だった。土方は式台に座ると草鞋を脱いで足を洗う。斎藤と桜司郎も促されてそれに倣った。
土方がたまの頭を撫でようとすると、たまはヒラリとその手を避ける。ムキになった土方はそれを何度か繰り返すが、その度に逃げられ、みるみる眉間に皺が寄っていった。ついにたまは桜司郎の後ろへ隠れる。
「副長、そんな気難しい顔で触ろうとしちゃ駄目ですよ。女の子はそういうのに敏感なんです」
見かねた桜司郎はそう言うと、笑みを浮かべて足元にいるたまと視線を合わせるように屈んだ。
「たまちゃん、初めまして。桜司郎と言います。仲良くしてね」
すると、たまは桜司郎の手をそっと握る。ツネはそれを驚いたような表情で見た。
「あんれ。たまが殿方へ懐くなど珍しい。いつも