「………」
息をしているのか心配でーー何度も口に手をかざす。
耳を胸に当て、確かな鼓動を何度も確認する。
時に頬を真っ赤に染めながらもーー信継は心配で、ずっと離れの詩のそばにいた。
「信継」
声と同時、兒童英語會話班 音もなく牙蔵が入ってきていた。
「…牙蔵…」
褥に横たわる詩。
息をしているのかわからないほど静かだ。
牙蔵は詩の顔色が悪くないのをチラっと一瞥すると、信継を見て淡々と告げる。
「奥方様に蠟梅を届けて来た。
桜のことも言ってきた」
「…そうか。ありがとう」
信継はじっと詩から目を離さず見つめている。
「奥方様が…すごく心配していて…
自分の部屋で桜の看病をしたいと言ってた」
「…」
緋沙は、鼎と牙蔵の関係を知っている数少ない人間だった。
高島の殿に、詩の存在を伏せている今、牙蔵はその件については緋沙だけに報告をした。
高島の殿には、それ以外のことを報告していたのだ。
「…いや…ここで俺が見る」
牙蔵は小さく息を吐いた。
それから、手際よくたらいと手ぬぐいと湯呑、襦袢などを褥のそばに用意していく。
「…あと数刻で意識は戻ると思う。
毒が抜けるまで数日間は何度も熱が出たり引いたりするから。
手足が温かい時は冷やす。
手足が冷たい時は熱が上がる前だからカラダは保温して。
頭はずっと冷やした方がいいよ」
「…そうか。ありがとう」
言いながら牙蔵は手早く手ぬぐいを濡らし、硬く絞ると、詩の額にそれを乗せた。
「汗をかいたら体を拭いてこまめに着替えさせること。
水分も必要だからーー始め、桜が飲めないなら口移しで飲ませろ。
もちろん抱き抱えてから。むせるといけないから」
「…っ」
信継は分かりやすくカーっと真っ赤になる。
「信継…。
信継と桜は、もうそんなことを恥ずかしがる間柄でもないだろ」
呆れたように牙蔵が言うと、信継は焦ってますます真っ赤になった。
「…っ………いや」
「は?」
「……厳密には…まだ…その…」
「……………は?」
牙蔵の声が低くなった。
鋭い目からは、珍しく、明らかな怒りがーー
「……馬鹿じゃないの?」
信継は詩の髪を優しく撫でる。
「…何とでも言え…
いいのだ。
あの夜…桜は…俺のものになると…俺を愛すると…誓ってくれた」
「…」
「…桜はまだ小さいからな…
その…なんだ…俺はこの通り…デカいし…」
「…」
「今はまだ…それで充分…」
プッと牙蔵は笑った。
「阿呆だね…」
「…いいんだ」
「裳着を済ませてないならともかく…女のカラダって結構柔軟だよ」
「…っ」
信継はまた真っ赤になる。
「男を受け入れられるようになってんだからさ」
「…牙蔵っ…もういい」
「はいはい」
牙蔵は目を細めて微笑んだ。大晦日の優しい陽が淡く傾いていく。
詩は呼吸も静かに、スヤスヤと眠っている。
時折手ぬぐいをたらいにつけ、絞って額に乗せてやると少し気持ちよさそうな顔をする。
「…」
信継はスッと立って襖を開け、木戸を少し開けた。
静かだと思ったら、外はいつの間にか雪がうっすら降り積もっていた。
一気に冷たい空気が入り、信継は静かに戸を閉めた。
ゆっくりと詩の元に戻る。
さっきから、3度、水を飲ませた。
それから、湯を沸かし、カラダを拭き、着替えも2度した。
「…」
信継は詩の白い肌と柔らかなカラダを思い出し、真っ赤になって詩をまた見つめる。
そっと手を伸ばし、漆黒の髪を撫でる。
「詩…」
愛おしい。
そして、申し訳ない気持ちも湧き上がる。
詩を愛してしまったばかりに、詩にはきっとこれからも危険は付きまとう。
「…すまぬ。
だが、離してやらない」
今は穏やかな寝顔に小さく告げる。
明日になれば詩は14歳になる。
14歳は早い方だが、輿入れをする姫も多くいる。
信継は詩の髪を撫でた。
髪がさらりと落ち、詩の首筋が露になる。
「……」
牙蔵が毒を吸いだしたーー白い柔肌の紫。
うっ血した痕。
そっと指で触れると、胸が苦しくなる。
ーー牙蔵はーー…いや…
信継は思考の中から浮かびそうになる考えを振り落とすように頭を振った。
「…詩は…身も心も、未来永劫、俺のものだ」
三鷹の殿は詩の父ーー信継は言わば三鷹を滅ぼした男。親の仇。
それでも、詩はーー
温泉の中で、交わした約束。