人間の本能と言うものは凄い。
がむしゃらに走ったと言うのに,ちゃんと目的地には到達しているのだ。
「つ…か…。疲れた……。」
胸に手を当て,激しく脈打つ心音を感じ,【中年脫髮危機】一文拆解地中海脫髮成因 @ 香港脫髮研社 :: 痞客邦 :: 荒い呼吸を必死に整えた。
「何やろ…懐かしい…。」
目の前にある風景が,もう何年も昔のモノのように思える。
何となく境内に踏み込むのに勇気がいる。
宗太郎はいるだろうか,素っ気ない反応をされないだろうか。
『私の事嫌いになってないやろか…。』
走り疲れたせいなのか,緊張が混じっているせいなのか,足が震える。
その足で一歩ずつ前へ進む。
やがて見えてくるいつもの景色。
いつも通りの子供達。
いつも通りの……。
「宗太郎……。」
ゆらりと佇む影に気付き,宗太郎の動きが止まる。
「三津……三津ぅっ……!!」宗太郎の小さな体が跳ねて三津の胸に飛び込んだ。
三津はしがみついた宗太郎の頭を優しく撫でた。
こんなに離れ離れになったのは初めてだ。
いつでも会いに行ける距離なのに。
宗太郎が何度もお店に来ていたのは知っている。
来る度にトキに追い返される姿をこっそり見ていた。
最初は食い下がっていた宗太郎も,次第に“あぁまたか…。”“やっぱりな…。”
と言った様子で,とぼとぼと帰るようになっていた。
だからもう嫌われたと思った。
お店から出てこない自分だけでなく,トキも功助も嫌われてしまったと思った。
「ごめんな…。今日はいっぱい遊ぼ?な?」
こう言ってにっと笑えば,きっと笑い返してくれるんだ。
三津はそう信じて必死に口角を上げた。
『最近笑ったのいつやろ…。』
自分でも不自然なのが良く分かる。
「しゃあないな…。遊んだるわ!!」
三津の目に映ったのは悪巧みを思い付いた顔。
この懐かしさが堪らない。思わず泣きそうになった。
込み上げて来る想いが強すぎて。
「おーい!みんな!三津が鬼やってくれるって!逃げろ!!」
突如始まった鬼ごっこ。三津の胸が高鳴った。
「よぉし!行くで!!」
三津は散り散りになった子供達を追いかけた。
馬鹿みたいに笑って,走って,走って,笑って,転んで。
「アカン…体力足りひん……。」
いつもならまだまだ走れるのに,全然体力が無い。
『情けない……。』
息も上がって足も震える。
でも子供達は遊んでくれとせがんでくる。
それが何より嬉しくて,泣きそうになる。
「あら,みっちゃん来てる…。」
「ありゃ逃げ出して来たんやろ…。
おトキさんらがそう簡単に出しやせんやろ……。」
住職夫妻が遠巻きから見守る。
「やっぱりみっちゃんはあぁやって笑ってるのが一番やで…。」
もしかしたらトキと功助が大騒ぎをして探し回ってるかも知れない。
けれど,今の三津を店に連れ戻すのは酷だと思った。
日が暮れて,三津はポツンと境内に一人きり。
「帰ろうにも帰れんな……。」
深い溜め息をついて石段に腰掛けた。
今頃お店はどうなっているだろう。
そこを考えるとより溜め息が深くなる。
「これから寒くなると言うのに帰る所が無いの?」
いつの間にそこに居たのか。ゆらりと佇んでいた。聞き覚えのある声に勢いよく顔を上げた。相も変わらない不敵な笑みと目があった。
「吉田さんっ!」
「やぁ。川の中ぶりだね。」
もっと他に言い方は無いん?と三津はむくれた。
その顔を見てただ笑みを浮かべる吉田は以前と何ら変わりの無い吉田だった。
「風邪引いて寝込んでたらしいね。良かったね,これで馬鹿じゃないと証明された。いや,馬鹿は風邪を引かないと言う事が覆された。それって一大事だと思わない?」
くくっと喉を鳴らして笑う吉田に三津はより不機嫌な顔を作って見せた。
「言われると思ってました。予想通りのお言葉ありがとうございます。」
その減らず口も相変わらずですねと言いたかったけど,それよりも以前のままの吉田であってくれる事への喜びがじわりじわりと込み上げてきた。