「貯水池から撤退中の敵部隊を追うのは?」「どちらでもと言うところでしょう。全体的に見れば、あまり戦略的意義は無さそうですね。途中に敵の罠が有って、思わぬ犠牲が出る危険も有るでしょうし。」ボーンはあまり気の乗らない雰囲気だ。(貯水池を守っていた兵士達はうっかりすると、取り残されて太子軍の追撃を受ける危険性が有る。そんな部隊をあのハンベエが放って置くだろうか。ハンベエ一人で少なくとも二個中隊の破壊力が有る。それとこのような地形で遭遇したら、味方の数が多くともハンベエを討ち取れる公算は低い。全滅は有り得ないだろうが、散々な眼に合わされた挙げ句に取り逃がし、味方に無用の恐怖のみを植え付けてしまう可能性も有る。) とボーンは思うのであった。どうするか、とボーンは腰の剣の鞘を握った。今日は将校服の下に鎖帷子を着込み、腰には通常戦闘用の両刃の長剣を吊していた。(いかん、いかん、あの魔神の剣と正面からぶつかろうなどと、死神の囁きだ。俺の柄ではないし、太子の軍は王女の軍より総体的には勝っている。奇策さえ気を付けて、通常に戦えば勝てるはずだ。)うっかり黄泉の国の扉を開けかけたと戦慄が走り、思い直した。best international school in hk ハンベエはベッツギ川の王女軍陣地にいた。レンホーセン以下の騎馬傭兵部隊も王女軍陣地に留まっていた。エレナ、ドルバス、モルフィネスその他は王女軍本隊三万と共に西方に撤退中である。ベッツギ川からは十キロ以上離れている頃であろう。 貯水池から撤退して来る兵士二百人並びにヒューゴと特別遊撃隊を騎馬に拾う為に、残ったのであった。 貯水池の水が一斉に流されて襲って来た破壊力は凄まじく、川は氾濫し、橋も一瞬の内に破壊され押し流されて行った。今ハンベエの眼前には流木流石が濁った川の流れの中に垣間見えている。氾濫は一瞬の内に過ぎ去ったが、岸は様相を一変し、濁流の物凄さを物語っていた。水量はもう元に戻っていたが、氾濫の状況を間近に見ていたハンベエには、もし太子の軍がモルフィネスの想定通りの展開をしていれば、間違いなく全滅していただろうと思われた。大掛かりな工事を施して企てた水攻めの策は、それこそ水泡に帰したのであった。しかし、皮肉な事にハンベエは眼前の虚しい光景を目にしながら、むしろほっとしていた。(策は破れたが、これでロキが大量虐殺という重荷を背負う事も無くなった。こちらの罠を見破ったのはきっとボーンなのだろう。ロキと仲の良いボーンが止めてくれたのだ。・・・・・・或いは神とやらは居るのかも知れない・・・・・・。まあ、俺には無縁のものだが。)ふと、そんな思いを浮かべ、空を仰いだ後、振り返った。 レンホーセン以下の騎馬傭兵部隊が馬上整列している。ロキの計算通りだったのだろう。王女軍陣地には氾濫の濁流は届かず、陣地は閑散となっていたが、何処にも破損は無かった。その一方、眼前の川は氾濫の傷跡生々しく、太子軍十二万の渡河は一朝一夕には進まないであろう事が有り有りと見て取れる。「陣地を棄てたのは何か勿体無かった気もするな。」