それを分かっていながら、つい心の弱さを見せてしまうのは、こちらが差し向ける難題に、
夫がどう答え、どう対応するのかを確かめてみたいという、おなごの浅はかさ故であろうと濃姫は思った。
そんな真似が出来る程、今の自分は幸せなのであろうと。
「──殿」
「何じゃ?」
「いつか、父上様に会いとうございます」【低成本生髮?】 什麼是生髮精油?有用嗎?
「会えるであろう。その時が来たら、儂が席を設けてやろうぞ」
「それはいつにございますか?」
「今言うたではないか。その時が来たらじゃ」
信長が濁すように言うと、濃姫は一瞬呆れたような表情を見せた後、それでも満足だと言わんばかりの柔和な微笑を漏らした。
「では、気長にお待ちしておりまする」
駿河、遠江、そして三河をもその手中に治めた大大名・今川義元が尾張へ侵攻して来たのは、
信長が道三との会見を果たした翌天文二十三年(1554)の正月の事であった。
鴫原(しぎはら)にある重原城の主・山岡伝五郎を攻め滅ぼした今川軍は、続いて水野金吾(忠分)がおわす緒川城の攻略を目論んで、
信長の居城・那古屋城から僅か二十キロの村木の地に砦を築き、立て籠ったのである。
付近にある寺本城は織田方に属していたが、人質を差し出して今川軍に寝返り、
信長の那古野城と緒川城との間にある道を遮断したのである。
これらの知らせを受けた信長は、直ちに林秀貞、内藤勝介ら重臣たちをひと間(ま)に集めて軍議を執り行った。
信長を始めとする慧眼な男たちが、皆々厳めしい表情で一計を捻り出していった結果
「陸路が無理ならば、海路をいくのは如何であろうか?」
「左様。船を使こうて海を渡れば、寺本の城を避けることも叶いまする」
「それならば、今川勢のおわす村木の砦へは背後よりの攻撃を──」
との意見が出され、信長の考えも相俟って以上のように採決されたのである。
信長は粗方の話し合いを済ませると、何を思ったのか、直ぐ様その足で奥御殿の濃姫の部屋へと向かった。
悪戯を思い付いた幼子のような、妙に生き生きとした表情で──。
「美濃の兵を? では殿は、父上様に援軍をお頼みあそばされるのですか !?」
居室の上座に迎え入れた信長の前で、濃姫は弾くように目を見開いた。
「如何にも。かような事が頼めるのは、蝮の親父殿をおいて他にはおらぬ故な」
「まぁ─」
道三への援軍要請の話を聞かされた濃姫は、一瞬その面差しに緊張を走らせると
「ご安心下さいませ、美濃の軍勢は皆つわもの揃い。村木の地にても、殿の戦勝の為に大いにその力を発揮してくれましょうぞ」
愛嬌のある笑みを浮かべ、ゆったりと首を前に振った。
自分の父を、美濃の兵たちを信長が頼ろうとしてくれている。
戦と分かっていながらも、濃姫はその事実が嬉しくてならなかった。
しかし喜びも束の間
「いや──。お濃、そうではないのだ」
信長はにべもなくそれを一蹴した。
「そうではない、と仰いますと?」
怪訝そうに眉を寄せる姫に
「共に闘こうてもらう為に軍を遣わして頂くのではない。この城を守ってもらう為に軍を遣わして頂くのだ」
信長は抑揚のない合成音のような声で告げた。