『 …櫛か…。りきたりやも知れぬが、姫様が一人で使えて、などに身に帯びておける物だ 』
日常的に使用出来る品という点も条件を満たしている。
何より目の前の棚に並ぶ櫛は、それほど高価でもないにも関わらず、光沢のある美しい塗りで、
上部にはで、模様が細かく丁寧に描かれており、どことなく高級感があった。
これならば姫様も気に入って下さるであろう──。
蘭丸は顔をばせながら、それらの櫛を手に取った。
花、鳥、結晶、兎など、同じ品でも金泥で描かれた模様はそれぞれ違っている。
蘭丸は一つ一つ確認したが、残念なことに、あの模様がなかった。
「…ああ、すまぬが、一つお伺いしたい」【低成本生髮?】 什麼是生髮精油?有用嗎?
と、らず店主に声をかける。
「この朱塗りのだが、“ 蝶 ” の模様の物はないか?」
「蝶…。はて、確かあったはずやと思いますけれど、ございまへんか?」
店主は言いながら棚まで歩み寄ると、在庫の櫛を一つ一つ確認し始めた。
「ほんまやなぁ──。相すいまへん、こん中に無ければ、全て売れてしまった様子にござります」
「そうか……困ったな」
蘭丸は思わず下顎をった。
「大切な人への贈り物なのだが、どうしても蝶の模様が良いのだ。どうにかならぬか?」
蘭丸はするような目で店主を見やった。
何せ初めての姫への贈り物である。
出来れば彼女の名にちなんだ模様の物を求めたかった。
「今はと、職人らが材料の仕入れの為に出払うておりましてなぁ。明後日には戻ってまいります故、
三、四日ほどお待ちいただけるようでしたら、蝶柄の物をご用意出来ると思いまするが──でしょう?」
店主の問いに、蘭丸はいた。
中国戦線から戻って来た時には、余裕でそれくらいの日は過ぎているだろう。
「それで一向に構わぬ」と蘭丸が笑顔で返答すると
「まりましてございます。ではご用意させていただきますよって、…ひとまず、こちらにお名前を」
と注文用の帳簿と筆を差し出した。
蘭丸は帳簿に自分の名前と品名、万一の為に織田家臣であることを記すと
「遅れても必ず取りに参る故、よろしくお頼んだぞ」
商品の代金を支払って、足早に店を後にした。
「──ならば、信忠殿は茶会にはお越しにならぬのじゃな?」
「──はい。急な所用の為、茶会の後のお宴にのみご参加と」
「──それは実に残念なことじゃ」
同日の正午。
濃姫は金刺繍がやかな辻が花の小袖を腰に巻いた、
初夏らしい貴婦人装いで、背に従えた齋の局と共に、本堂の長廊下を早足に歩いていた。
「御台様、まことに隠れて茶会をご覧になるのですか?」
そこまでしなくてもと、齋は歩を進めながら眉を寄せる。
「ああ。せっかく上様が私の思いを汲んで下されたのじゃ。それに甘えぬという選択肢はなかろう」
「されど…」
「良いのじゃ。何度も言うが、私はここにはいない事になっているのですから」
人前に出なくても良いならそれはそれで都合が良いと、濃姫は気楽そうにった。
やがて本堂の裏手にやって来ると、両開きの戸口の前に控えるの姿が見え
「皆様、もうお集まりか?」
濃姫は彼女の元へ近付くなり、声をひそめるようにしてねた。
「はい、既に。──中にを用意しておきました故、そこへご着座下さいませ」
「ない」
「程なく茶会が催される刻限にございます。どうぞ中へ」
濃姫は目で頷くと、古沍がそっと開いた戸の向こうへ、齋の局と共に入って行った。
戸を抜けると、白いの壁と
それに対して濃姫は、一瞬「えっ」と驚いたような反応をする。
少なからず狼狽(ろうばい)しているようだった。
「千代山様、姫様に対してそのような仰せは…」
と、三保野は相手の発言を窘(たしな)めるような素振りを見せたが、あえて強く止めようとはしなかった。
今朝方の噂の話の時も、そして今も、少しの厳しさも見せない濃姫のお慈への対応に、三保野も少々訝しく思っていたのだ。
「お慈様を左様にお庇(かば)いせねばならぬような、何か特別な理由でもあるのですか?」
千代山が改めて訊くと、濃姫は悩ましげに眉を歪めた後、ゆっくりと首を左右に振った。
「───左様な理由など、ある訳がございませぬ」
同日の夕刻。
本丸御殿に築かれた高櫓の最上階に、濃姫と信長の、仲睦まじげな夫婦の姿があった。
腰の高さまである朱塗りの欄干の前に佇(たたず)み、二人は寄り添い合うようにして、目の前に広がる景色を、沁々とした面持ちで眺めていた。
遠くの山々や森。
麓に建ち並ぶ御殿。清洲から移った家臣や民たちの家々。
道や田んぼ、小川に至るまで、全てが暮れゆく橙色(ときいろ)の陽に照らされて、燦然と輝いていた。
美しく、厳(おごそ)かとも思えるその景色を眺めながら
「何と美しいこと…。小牧山の城からは絶景が見えるとは聞いておりましたが、これ程とは」
濃姫は感動の溜め息を漏らした。
信長も同感そうに、うむと頷く。
「確かに美しき眺めじゃ。 ──なれど、稲葉山城からの眺めに比べたら差ほどのものでもあるまい?」
「さぁ、どうでございましょうね。稲葉山城からの景色は言うまでもなく素晴らしきものにございますが、それぞれ趣(おもむき)が異なります故」
「どう違うのだ?」
「稲葉山の山頂から見える景色は、ひと言で申せば壮大。櫓の上から見下ろせば、それこそ美濃一国がまるごと、
己の手の内にあるような錯覚すら覚えまする。対して小牧山からの景色は、自然と、その中で暮らす人々が上手く調和した、繊細な美しさがございます」
信長は真面目くさった拝聴の表情で聞いていたが、やがて軽く鼻息をたてると
「そちの話だけではよう分からぬな。直に見てみぬことには。 ……ほれ!あちらを見てみよ濃。微かじゃが、稲葉山の城がここからでも見えるであろう!?」
美濃の方角を指差しながら、得意気な顔をして言った。
濃姫は眩(まぶ)しげに西陽を片手で遮りながら、彼方に目を凝らした。
「まぁ、ほんに…!」
確かに微かではあるが、姫の肉眼でも十分に、かつての居城を確認することが出来た。
「こちらからあちらの城が見えるということは、あちらからもこちらの城が見えるということ。
かように目の届く場所に敵の城が建ったのじゃ。龍興め、今頃は驚きに目を見開き、冷や汗をかいておるであろうな」
信長の口元の堅固な肉に、ちらりと笑窪があらわれた。
「よく仰(おっしゃ)いまする。美濃勢に対して、心理的に揺さぶりをかける目的もあって、ここに城を築いたのでございましょう?」
「それを申すな。微かな優越感が台無しになるではないか」
「それはそれは、大変に失礼を致しました」
濃姫がおざなりに頭を下げると、夫婦は顔を見合せ、ふふっと笑い合った。
「──して、奥殿への引っ越しは滞りなく済んだのか?」
「はい。粗方のことは千代山殿がして下さっておりました故、後は持って参った衣装や装飾品の類いなどを運び入れたくらいで、
元より、美濃との戦に備えての城である為、信長ら男性陣にはこれで充分だったかも知れないが、
日がな一日一日を奥殿に閉じ籠るように暮らす女性たちにとっては、少々物足りなく思えた。
しかし、そんな本音も口には出さぬず、そっと胸の内に押し隠すのが、武家の奥方の心得であった。
「かように手狭な城に母を押し込めるとは、信長殿も酷なことをなされる方じゃ。
それも山の上に居城を築くなど──少しでも戸を開ければ、室内に虫が入って来まするぞ」
報春院は別であったが。https://networkustad.co.uk/the-best-timing-and-frequency-for-getting-botox/
「良いではありませぬか。清洲でも小牧山でも、住めば都というもの。それに……何とも心地の良い風」
お市は中庭から吹き込んでくる風を全身で浴びながら、爽やかな微笑を浮かべた。
「今の季節にはちょうど良いではありませぬか」
「冬は底冷えの寒さであろうがな」
「母上様ったら…。兄上様が美濃を手に入れた暁には、稲葉山の城が我らの居城になるのですよ。山城に慣れておく、丁度良い機会ではありませぬか」
「わらわは慣れとうありませぬ。尾張の中心の位置する清洲城にいてこそ、織田家の総領というもの。
わざわざこのような所へ居を移さねば美濃一国奪えぬとは、信長殿のお力もその程度ということであろう」
報春院が呆れ顔で呟くと
「──大方様の殿への嫌味、本日は殊の他饒舌(じょうぜつ)にございますなぁ」
三保野が先頭を進む濃姫に耳打ちした。
「義母上様の言葉数が多くなるのは、少なからずも興奮しておられる証拠じゃ。新しき住まいに、内心では胸踊らせているのであろう」
「あ、なるほど」
「お二方、何をこそこそ話しておるのです?」
「 !? ……いえ、何も…」
報春院の地獄耳に、濃姫も三保野も背中に氷を入れられたような気分になった。
やがて一行が、向かい側の御殿へ続く渡り廊下に差しかかった頃
「お方様、大方様、姫君様──お待ち申し上げておりました」
衣擦れの音を立てながら、老女の千代山が、数名の侍女たちを背に従えて歩み寄って来た。
「ご安着、まことにおめでとう存じ奉ります」
緩やかに下がる千代山の頭上に、濃姫は労りの眼差しを向ける。
「ご苦労じゃ。 …すまなんだのう、そなたたちだけ先に城移りをさせてしもうて」
「いえ。皆様方がお移りになられた時に困らぬよう、お住まいを事前に整えておくのも、私共の大事なるお役目にございます故」
千代山が心持ち顎を引くと
「先にお移りになられた奇妙殿の御座所もこちらにあるのですか?」
濃姫は、先に見える部屋々を見渡した。
「いいえ、こちらの御殿には皆様方のお部屋だけを──。奇妙様は、乳母殿や傅役方と共に本丸御殿の方へお住まいにございます。
お世継ぎ様は、常にご自分がおわす場所に置いておくようにという、殿のご命令に従いまして、そのように」
「まぁ…左様でしたか」
「ただ、近く小折城(生駒屋敷)よりお迎え致す茶筅丸様、五徳姫様はこちらの御殿へお迎えするようにと」
「何故にお二人だけこちらへ?」
「殿いわく、奇妙様をご兄弟から引離すことで、孟子(もうし)の滕文公の上巻にあります “五輪” の教えを学ばせる為と、そう仰せにございました」
「まだ幼い奇妙殿に、殿はもうそこまで?」
それを分かっていながら、つい心の弱さを見せてしまうのは、こちらが差し向ける難題に、
夫がどう答え、どう対応するのかを確かめてみたいという、おなごの浅はかさ故であろうと濃姫は思った。
そんな真似が出来る程、今の自分は幸せなのであろうと。
「──殿」
「何じゃ?」
「いつか、父上様に会いとうございます」【低成本生髮?】 什麼是生髮精油?有用嗎?
「会えるであろう。その時が来たら、儂が席を設けてやろうぞ」
「それはいつにございますか?」
「今言うたではないか。その時が来たらじゃ」
信長が濁すように言うと、濃姫は一瞬呆れたような表情を見せた後、それでも満足だと言わんばかりの柔和な微笑を漏らした。
「では、気長にお待ちしておりまする」
駿河、遠江、そして三河をもその手中に治めた大大名・今川義元が尾張へ侵攻して来たのは、
信長が道三との会見を果たした翌天文二十三年(1554)の正月の事であった。
鴫原(しぎはら)にある重原城の主・山岡伝五郎を攻め滅ぼした今川軍は、続いて水野金吾(忠分)がおわす緒川城の攻略を目論んで、
信長の居城・那古屋城から僅か二十キロの村木の地に砦を築き、立て籠ったのである。
付近にある寺本城は織田方に属していたが、人質を差し出して今川軍に寝返り、
信長の那古野城と緒川城との間にある道を遮断したのである。
これらの知らせを受けた信長は、直ちに林秀貞、内藤勝介ら重臣たちをひと間(ま)に集めて軍議を執り行った。
信長を始めとする慧眼な男たちが、皆々厳めしい表情で一計を捻り出していった結果
「陸路が無理ならば、海路をいくのは如何であろうか?」
「左様。船を使こうて海を渡れば、寺本の城を避けることも叶いまする」
「それならば、今川勢のおわす村木の砦へは背後よりの攻撃を──」
との意見が出され、信長の考えも相俟って以上のように採決されたのである。
信長は粗方の話し合いを済ませると、何を思ったのか、直ぐ様その足で奥御殿の濃姫の部屋へと向かった。
悪戯を思い付いた幼子のような、妙に生き生きとした表情で──。
「美濃の兵を? では殿は、父上様に援軍をお頼みあそばされるのですか !?」
居室の上座に迎え入れた信長の前で、濃姫は弾くように目を見開いた。
「如何にも。かような事が頼めるのは、蝮の親父殿をおいて他にはおらぬ故な」
「まぁ─」
道三への援軍要請の話を聞かされた濃姫は、一瞬その面差しに緊張を走らせると
「ご安心下さいませ、美濃の軍勢は皆つわもの揃い。村木の地にても、殿の戦勝の為に大いにその力を発揮してくれましょうぞ」
愛嬌のある笑みを浮かべ、ゆったりと首を前に振った。
自分の父を、美濃の兵たちを信長が頼ろうとしてくれている。
戦と分かっていながらも、濃姫はその事実が嬉しくてならなかった。
しかし喜びも束の間
「いや──。お濃、そうではないのだ」
信長はにべもなくそれを一蹴した。
「そうではない、と仰いますと?」
怪訝そうに眉を寄せる姫に
「共に闘こうてもらう為に軍を遣わして頂くのではない。この城を守ってもらう為に軍を遣わして頂くのだ」
信長は抑揚のない合成音のような声で告げた。
であった時は、この刀……父上様を刺す刀となるやもしれませぬ」
それを聞いて道三の目の色が変わった。
「ほぉ、父である儂を刺すとな」
「申しましたでしょう? 婚姻は幼い頃からの私の夢。信長殿が私にとっての理想のならば、私は喜んで織田に寝返りまする」
「うつけを殺めるのにもうたそなたが、果たしてこの父を刺せるかな?」
「刺せまする。帰蝶はの子にございますれば」3 男女款 tote bag 推薦、韓系穿搭 | MLB Korea 香港
帰蝶の双瞳は、まるでを思わせるような、熱く鋭い光を帯びていた。
父と娘の視線が宙で絡み合いチチッと青白い火花を散らせる。される事なく、対等にみ合いを続ける帰蝶を見て、
道三はやがてらなくなったように笑い出した。
「それでこそ儂の娘! やはりそなたは、ただのではなかったのじゃな」
「さぁ、どうでございましょう?」
帰蝶はと微笑むなり、短刀を両のに乗せて高く捧げ
「父上様からの有り難き婚礼道具、確かに受け取らせてきました。──さすればれてから、静かに立ち上がった。
頭をやかしながら、清々しいちで退出する帰蝶であったが、
彼女の着物の背が汗でぐっしょりとれていたのを、道三は見逃さなかった。
『 ……帰蝶め。結構な演じ手よのう 』
道三は下顎をでながら、一人忍び笑いを漏らしていた。とした風をその身にいながら、帰蝶は自室に続く長い廊下を足早に歩んで行く。
しかし廊下の角を曲がり切った時、帰蝶の全身から、力という力がすーっと抜けていった。
廊下の壁に寄りかかりながら、ゆっくりとその場にへたり込む。
帰蝶はまるで、大舞台をやり遂げた女優のような心持ちだった。
実に慣れない真似をしたものだと思う。
勇気を振り絞り、出来る限りあの父が好みそうな言葉や態度で振る舞ったつもりだが…
あれで良かっただろうか?
父の期待にえられただろうか?
言った事に嘘はなかったが、少々派手に言い過ぎたのではないかと、帰蝶は今更ながら不安になされました !?」
城の家臣らしき男が駆けて来て、帰蝶の背をそっと支えた。
年は二十歳前後と思わしき、実に誠実そうな顔立ちの
「かような所で、いったいどうなされたのです !?」
「…殿」
「ご気分でもお悪いのですか?」
「いえ、そういう訳では…」
帰蝶が吐息くと、光秀は周囲を軽く見回し
「姫様。ここでは何でございますから、ささ、あちらの座敷の方へ」
と、近くの空き部屋へと姫をった。
帰蝶を部屋に入れた光秀は、隣室からを持って来たり、台所から白湯を運んで来たりと、
何かと姫をったが、ややあって、帰蝶から事情をった彼は、それは大きなの溜め息を漏らした。
「──左様にございましたか。はてっきり、姫様がご体調をお崩しになられたのだとばかり」
「すぐに申し上げず、悪い事を致しました。お許しあれ」
「許しなど、滅相もございませぬ。姫様がなく何よりにございます」
光秀がに頭を垂れると、帰蝶はのようなあどけない笑みを浮かべた。
「光秀殿」
「はい」
「二人きりの時くらい、姫様ではなく、帰蝶と呼んで下さっても良いのではありませぬか?」
「……しかしながら、それは」
「光秀殿の父上たる明智光綱殿は、我が母・小見の方の実兄。同士の間柄で、何を遠慮する事がありまする」
「ですが…」
「父上にえ初めたばかりの頃は、よく帰蝶、帰蝶と呼んで下されたではありませぬか。今だけ──のう光秀殿」
帰蝶の屈託のない言葉。
満面に広がる人なつっこい笑顔。
光秀はそれらを間近で向けられると、どうにも強気に出れないらしく
「…では、帰蝶…様」
少し