松原の横にいる姿を発見するが、右頬が腫れていることに気付く。
横に来た斎藤の袖を引くと、声を潜めて話しかけた。
「ねえ、斎藤君。桜花さんの頬…何だか腫れていませんか」
「……ああ、そうだな。武田さんに叩かれたそうだ」
何の感情も込めずにそう告げた斎藤に対して、沖田は驚愕の色を隠せていない。そして怒りすら滲ませていた。VISANNE Watsons 斎藤はそんな沖田を訝しげに見詰める。
「なあ、沖田さん。前から思っていたが…。何故、に鈴木の事を気に掛けるのだ。…特別な感情でもあるのか」
「な…ッ!」「桜花さん」
聞き慣れた声が桜花を呼ぶ。
ゆっくりと振り向くと、そこには沖田が立っており、その視線は右頬に集中していた。
「…どうしたんですか、その頬。赤く腫れてしまっています」
「…何でもないですよ。それより──わッ、沖田先生ッ!?」
沖田は桜花の手を掴むと、八木邸の方へ駆け足で向かった。そして井戸の前に来る。
急いで水を組み上げると、沖田は懐から手拭いを取り出して浸した。
固く絞ると桜花の方を向き、腫れた頬にそれを当てる。
ひんやりとした感覚が頬を冷ましていった。
「何でも無いなんて事は無いでしょう…。顔に痕でも残ったらどうするのですか」
沖田は真剣な表情で桜花を見る。
何故、赤の他人に対してそこまで必死になってくれるのか。ふとそんなことを思った。
「何故…、沖田先生は良くして下さるのですか」
「何故って…それは貴女が──」
それは貴女が女子だから。そう言いかけて、沖田は口をんだ。何故だか、それは言ってはいけない気がしたのである。
それ以上の理由があるのではないかと、心の奥底で声が
一介の下働きの頬が腫れているかなんて、余程注意深く見ていなければ気付けないことだ。それを目敏く発見するなんて、余程執着していないと出来ないだろう。
斎藤はその様に思っていた。
「…そんなの、有りませんよ。有る訳無いじゃないですか」
沖田は自分に言い聞かせるようにそう呟く。
だが、その言葉とは裏腹に。視界の端に映る桜花が松原の横から離れたのを見ると、身体は自然とそちらへ向かっていた。った。それを振り払うように首を横に振る。
沖田は桜花の目を見た。透き通っていて、何処かいじらしい…。好ましさを感じる反面、この目を見ていると、自分の汚さが見透かされそうで怖かった。
沖田は目を逸らすと、桜花へ背を向ける。胸に手を当てると、忙しなく鼓動が動いていた。
「……取り敢えず、それで冷やして下さい」
それだけ言い残すと、沖田はその場を去る。
八木邸の門を出て、右折した所でしゃがみ込んだ。
『何故、に鈴木の事を気に掛けるのだ。…特別な感情でもあるのか』
先程の斎藤の言葉が脳裏に響く。
「そんなこと…有る訳がない…」
そう呟くと同時にケホ、と軽い咳が出た。
最近空咳がたまに出る気がする。夏風邪か、と思いつつ沖田は前川邸へ戻って行った。翌日。新撰組では小さな騒動が起きていた。
先日の近藤を非難する建白書に連名した罪、局長非難をした罪で、葛山武八郎へ切腹が言い渡されたのである。
松平容保の仲裁で和解をしてからも、葛山は納得しておらず、周囲へ不満を漏らす様子があった。
それが土方の耳に入ったのである。
そもそも土方を通さずに建白書を会津へ提出したこと自体が、問題だった。
だが幹部が何人も関わっているとなると下手に処分を出せない。
筆頭となった永倉に対しては、江戸に行くまでの期間の謹慎と、次考えている隊内編成にて降格処分が決まっていた。
何のお咎めも無し、であれば平気で局長非難をする隊士が次々と出て来てしまいかねない。そこである種の